札幌高等裁判所 昭和37年(う)306号 判決
判決理由〔抄録〕
そこで、記録および当審における事実調の結果を綜合して右主張の当否を判断するに、まず、司法警察員猪股静作成の実況見分調書、原審における同人の証言および当審第二回公判調書中の同人の供述記載部分によれば、被害車両のスリップ開始地点から衝突地点までは、三二・二〇メートルあること(時速六〇キロメートルの制動距離二四メートルとの比例計算によれば、時速約八〇・五キロメートルと推認される。)、しかも衝突地点において被告人の大型貨物自動車(ダンプカー)を約一・五メートル横に押しやるだけの勢いを持っていたことが認められ、このことから、被害者榎園が急ブレーキをかけた当時少くとも時速八〇キロメートル以上の高速で疾走していたことが窺われ、さらに、スリップの開始地点およびその方向からみて、榎園が前方注視を怠り、交差点直前ではじめて被告人の右折を知って急ブレーキをかけるとともにハンドルを左に切って衝突を回避しようとしたものであることを推認するに十分であるから、被害者榎園の速度違反および前方注視義務違反が本件事故の重大な原因となったものであることは疑いない。しかし、本件被害者にかかる重大な過失の存することは、直ちに被告人に何らの過失がないことを意味するものではない。被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書、原審および当審における各供述(検証における指示説明を含む。)は、距離関係等においてかなりの喰い違いがあるけれども、要するに、本件交差点の約三〇メートル手前の地点で被害者の車を前方一五〇ないし二〇〇メートルの地点に認め、相手が法定速度の時速六〇キロメートル以下で進行しているものと信じて、対向車のその後の動向に何ら注意を払うことなく二六・七メートル進行して右折を開始し、自車運転台がセンターラインを横切る頃はじめて対向車が交差点直前に接近するのを認め、周章急停止の措置を講ずるとともにハンドルを右に切るも及ばず事故に至ったというのである。なるほど当審における検証の結果および当審第二回公判調書中証人猪股静の供述記載部分によれば二〇〇メートル前方にある対向車の速度が毎時六〇キロメートルであるか八〇キロメートルであるかを識別することは困難であることが認められるから、被告人が対向車の速度を誤認したこと自体に過失は認められない。しかし、被告人は右地点において直ちに右折するのではなく、なお約二六・七メートル進行した後本件交差点に達し、ここではじめて右折を開始しようとしていたのであるから、この間対向車の動向に絶えず注意を払い、ことに交差点入口において右折を開始するに当っては、対向車の速度、距離および自車の速度、右折完了に要する時間等を十分確認し安全を確かめた後進行すべき業務上の注意義務があるものというべく、右注意義務の懈怠が本件事故発生の一因をなしたことは否定できない。
論旨は、被告人が当初対向車を発見した時点において、対向車が時速六〇キロメートルであれば、その後特段の注意を払わなくとも、事故発生は回避できたことを前提とするようであるが、当審における検証の結果によれば、被告人が当初対向車を発見した地点から本件交差点において右折を完了するまでに要する時間は、九秒ないし一〇秒であり、前方二〇〇メートル(本件交差点からは一七〇メートル)の地点にある対向車が時速六〇キロメートルで本件交差点に到達するに要する時間は一〇・一秒であることが、計数上明らかであるから、対向車が法定速度を守っていた場合であってもなお衝突の危険が十分予想されるのであって、被告人が対向車の速度を誤信したことは何ら前記注意義務を軽減するものではない。